2013年5月28日火曜日

商標「北斎事件」について -審査便覧改訂後に「歴史上の著名な人物名を含む商標」が公序良俗違反に該当するか否かが争われた初めての裁判例-

今回取り上げる事案は、歴史上の著名な人物名である「北斎」を含む商標が、審決取消訴訟を経て登録になったというものです。


先に書いた「浚渫用グラブバケット事件」と同様に、私は代理人としてたずさわりました。


なお、この裁判は、平成25年4月11日発行の判例時報2176号にも取り上げられました。
本判決は、歴史上の人物名を用いた商標の商標法第四条第一項第七号該当性を否定した事案として事例的意義を有するので、ここに紹介する次第である。


商標の構成は以下の如くであり、「北斎」の漢字を筆文字風に縦書きにした文字部分と,その左側中央やや下に配置された、上方に黒地上に白色で山様の形を象り、その下方に黒白の横線様の模様を配した四角形の図形部分とで構成されています。




事案の経緯等は、判決文にあるので詳しく説明しませんが、要は、審判段階での原告側の以下のような主張を取り上げて、本願商標は商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するものではない判断された事案です。


審判段階での原告の主張について

特許庁審判長の証拠調べ通知書内で「一般に歴史上の人物の出身地やゆかりの地においては、その特産品や土産物に、その者の名称等を表示して、観光客などを対象に販売されている事情があるが、「北斎」についても、お土産用の「絵はがき」「手拭い」「Tシャツ」「ボールペン」「巾着」などに「北斎」の名称が用いられている事実がある。・・・そうすると、「北斎」の名称は、本願商標の指定商品を取り扱い者によって使用される可能性が極めて高いものであることが認められる。」と認定しました。


これに対して原告(審判請求人)は、

①本願商標は「北斎」の漢字を特定の書体で縦書きし、その左側部に朱印の印が押された構成よりなる結合商標であって、それ以上でもそれ以下でもない。

②本願商標に係る標章は、これら縦書き文字と印の二者で構成されるものであって、単純に「北斎」の名前を独占しようとするような類いのものでは全くない。

③本願商標の効力が土産物に及ぶのは、本願商標と完全に同じ商標、あるいは本願商標を構成する二つの部分(漢字文字,本件図形)の配置に変更を加えてなる商標などのように、本願商標と類似する商標を土産物に付した場合などの極めて特異なケースに限られるものである。

④これらの原告の主張は、実質的に、本願商標の効力範囲が、漢字文字の「北斎」のみからなる商標には及ばないことを自覚し、これを宣言するものである。

従って、本願商標が登録査定を受けた場合にも、上記のような特異なケースを除いては、葛飾北斎の出身地や、ゆかりの地において販売される土産物に、本願の商標の効力が及ぶことは絶対に無く、本願商標の商標登録を認めることが、「北斎」の名称を使用した観光振興や地域おこしなどの公益的な施策の遂行を阻害するとの懸念、或いは本願商標が公正な秩序を害し、社会公共の利益に反するおそれがあるとの懸念も解消したものと確信する。

以上より、審査便覧に挙げられた「当該歴史上の人物明の利用状況と指定商品・役務との関係」に係る事情(4)についても、本願商標は、出身地や、ゆかりの地に与える影響は皆無であると考える。」と主張しました。


裁判所は、

「原告が本件指定商品について本願商標に基づき主張することができる禁止権の範囲は,「北斎」との筆書風の漢字と本件図形からなる構成に限定されると考えられることからすれば,当該公益的事業の遂行に生じ得る支障も限定的なものにとどまるというべきである。」

「原告による本願商標の出願について,上記のような公益的事業の遂行を阻害する目的など,何らかの不正の目的があるものと認めるに足りる証拠はないし,その他,本件全証拠によっても,出願経緯等に社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるとも認められない。」

「以上のとおり,本願商標の商標登録によって公益的事業の遂行に生じ得る影響は限定的であり,また,本願商標の出願について,原告に不正の目的があるとはいえず,その他,出願経緯等に社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあるとも認められない本件においては,原告が葛飾北斎と何ら関係を有しない者であったとしても,原告が本件指定商品について本願商標を使用することが,社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するものとまでいうことはできない。」

したがって,本願商標は,商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当するものではない。

と判断しました。


平たく言うと、「原告が『本願商標は「北斎」+「図形」であり、「北斎」のみに対しては禁止権の効力は及ばない。』って自白してるんだから、葛飾北斎の出身地やゆかりの地で販売される土産物のTシャツなどに「北斎」って付けても本願商標の効力は及ばないし、また、別に不正の目的で商標権をくれってことでもなさそうだから、本願商標は公序良俗には該当しない。」ってことのようです。


歴史上の人物名を含む商標についての実務上の指針(あくまで私見です。)

(1)出願経過禁反言の法理の主張が必須。

歴史上の人物名を含む商標」が、公益的事業の遂行に悪影響を与えるものでは無いことを明確にするためには、上記のように出願経過禁反言の法理の主張を行って、歴史上の人物名のみからなる商標には、登録後の本願商標の禁止権の効力は及ばないことを、出願人自らが自白することが必須であると考えます。


(2)下から目線で主張する。

「本願商標が登録になったときに、それが公益的事業の遂行に悪影響を与えるというなら、公益的事業の行う奴に通常使用権を与えてやるよ。」というような上から目線の主張は絶対にいけません(公序良俗に関する審決取消訴訟で、こんな主張をして敗訴している事案を見たことがあります(世界遺産関係でした))。

裁判官の心証を悪くするだけです。
「不当の目的がある」との心証を裁判官等に与える可能性もあります。

むしろ、本事案のように、出願人の側から、出願経過禁反言の法理を自白し、本願商標が登録になっても公益的事業の遂行に悪影響を与える虞は全く無い旨を明確にすることが肝要かと思います。


(3)「歴史上の人物名のみからなる商標」の登録は無理。

このような「歴史上の人物名のみからなる商標(例えば、「北斎」のみ)」を登録すると公益的事業の遂行に与える不利益は多大であるため、登録査定を受けることは困難であると考えます。

また、「歴史上の人物名のみからなる商標」では、上記のような出願経過禁反言の法理の主張もできません。

逆に言うと、歴史上の人物名+α(歴史上の人物名を含む商標)であれば、今後も登録される可能性はあるものと考えます。


(4)「歴史上の人物名を含む商標」の権利範囲が狭くなることは止む終えない。

上記のように、出願経過禁反言の法理の主張をするため、禁止権の範囲が限定されるためです。
この点は、出願前に出願人(クライアント)に説明しておくことが必要かと思います。


判決後の感想

■ 裁判官は、審査便覧の規定を完全に無視します。

当たり前の話ですが、裁判官は「法律」に従って判断します。審査便覧は、特許庁が作ったもので「法律」では無いので、裁判官の判断基準とはなり得ないようです。

■ 他の登録例を挙げても無駄。

本事案は、新たに改訂された審査便覧の規定に基づいて公序良俗と判断された事例であったため、本願出願後に出願されて先に登録査定を得た「広重」や「歌麿」といった後願既登録商標の例を挙げて、改訂後の審査便覧の規定に基づいても「北斎」は「広重」や「歌麿」と同様に登録される旨を主張しましたが、全くの無駄骨でした。

改訂後の審査便覧の具体的な規定内容は、歴史上の人物名を含む既登録商標でしか、我々一般人(特許庁以外の人間)は把握することはできないと思うのですが・・・。

以上
(弁理士 森本聡)


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